ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
現在地 トップページ > 分類でさがす > 子育て・教育 > 教育委員会 > 教育長の部屋 > 教育長の部屋 > 教育長ブログ~後鳥羽院と水無瀬~

本文

教育長ブログ~後鳥羽院と水無瀬~

ページID:0014930 更新日:2022年11月24日更新 印刷ページ表示

 10月19日(水)~12月18日(日)まで、歴史文化資料館において「後鳥羽院と水無瀬」展が開催されています。
 展示品について、主に3点紹介します。

 四百年聖忌隠岐御廟江奉納和歌

 寛永15年に後鳥羽院の400回の法要が行われ、水無瀬氏成(駒の銘を書いた水無瀬兼成の息子)は、隠岐に納めに赴いています。
 これは、後鳥羽院の行在所であった源福寺に納められました。
 明治になってから官弊中社に列せられ、順徳・土御門天皇合祀をきっかけに他の宝物類と一緒に隠岐から戻ってきました。

後鳥羽院と水無瀬 後鳥羽院と水無瀬

 本殿 棟札

 文禄5年7月12日の夜に大地震が起き、御影堂(現本殿)が顛倒しました。
 この時、秀吉の建てた伏見城も被害を受けました。
 御影堂は慶長5年には再建されています。この年は、有名な関ヶ原の合戦があった年です。

後鳥羽院と水無瀬 後鳥羽院と水無瀬

 後水尾天皇宸翰御懐紙

 新古今和歌集に撰ばれている後鳥羽院の有名な和歌「見渡せば……」を、後水尾天皇が懐紙に書かれたと伝わっています。

後鳥羽院と水無瀬 後鳥羽院と水無瀬

                ~歴史文化資料館長よりメッセージ~

 企画展「後鳥羽院と水無瀬」について

 いつも歴史文化資料館に、ご来館いただきありがとうございます。
 現在放映されているNHKドラマ「鎌倉殿の13人」では、主人公の北条義時と後鳥羽院の間に不穏な空気が流れはじめ、歴史上の出来事のひとつ「承久の変」へと話が展開しつつあります。
 企画展では、みなさんが知る「承久の変」について、ではなく、多種多様な遊芸に秀でた後鳥羽院が「水無瀬」で繰り広げた文化人としての一面を取り上げています。
 和歌では『新古今和歌集』の編纂という大きな事業を手掛け、数々の和歌会を催し、小倉百人一首にも後鳥羽院の和歌が撰ばれています。大河ドラマの中でも度々登場する蹴鞠(けまり/しゅうきく)に興じる後鳥羽院の姿、千回、二千回を蹴り上げた記録が残ります。また、発掘調査中の出土品が示す後鳥羽院の茶の世界などに触れて頂ければと思います。
 そして、何といっても今回の展示の目玉は、水無瀬神宮所蔵文化財の実物展示です。後鳥羽院の有名な和歌「見渡せば」を、後水尾天皇が懐紙に書かれたと伝わる掛け軸や後鳥羽院400回忌に隠岐(島根県)に奉納された和歌、御影堂(現本殿)の歴史を語る棟札等、いずれも水無瀬神宮が今日まで大切に守り継いで来られた文化財の数々です。残念ながら3日間という限られた期間ではありましたが、多くの来館者を迎えることができました。水無瀬神宮様にはこの場をお借りして感謝申し上げます。現在は写真展示となっていますが、実物同様、解説とともに和歌の世界に触れていただけるのではないかと思います。
 歴史文化資料館では、今後もこのように地元の文化を知って頂けるような企画を計画しています。広報やホームページなどで紹介してまいりますので、是非お立寄りください。職員一同お待ちしております。

 歴史文化資料館長  久保 直子