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島本町の文化財を知っていただくために、企画展や刊行物に掲載することができなかった話などを連載していくことといたしました。
連載テーマなども統一せず、不定期で更新していきます。
今回のテーマは、昭和初期に水無瀬神宮宮司職の傍ら、貴族院(参議院の前身)議員を務めた水無瀬忠政を紹介いたします。
現在、島本町では、水無瀬神宮で神職を司る水無瀬家に伝わる資料について調査を実施しています。これら資料の中には、昭和初期に貴族院(参議院の前身)議員を務めた水無瀬忠政(写真1、1881-1963)の議会関係史料も多数含まれています。
明治14年(1881)に水無瀬宮(現在の水無瀬神宮)宮司・水無瀬忠輔の長男として生まれた水無瀬忠政は、父の死去に伴い、大正5年(1916)に宮司に就任しました。その後、昭和7年(1932)の貴族院子爵議員補欠選挙で当選し、神職を務める傍ら、貴族院議員としても活動します。
【写真1】正装に身を包む水無瀬忠政(撮影時期不明)
貴族院とは、明治時代の大日本帝国憲法公布に伴い衆議院とともに帝国議会を構成する機関として設立されました。また、衆議院が国民の代表であるのに対し、貴族院は特権階層の代表として、その存在を誇っていました。
写真2は、「貴族院各室配置図」です。昭和11年(1936)11月と記載されていることから、現在の国会議事堂が建設されて間もない頃の図面であることがわかります。貴族院は昭和22年(1947)に廃止されますが、以降は現在に至り、この場所に参議院が配置されます。
【写真2】貴族院各室配置図(昭和11年11月)縦63.5cm、横93cm
※上の写真は二階部分を拡大したもの。左下に「中央玄関」「中央車寄」と見える。
下に掲載した写真3は、「第70回帝国議会 貴族院議員議席表」です。表には議席番号(1~150)とともに爵位と議員の名前が記されています。水無瀬忠政の議席番号は127番で、爵位として子爵を表す「子」が記されています。
今後、少しずつですが、このように調査中の史料の一部を紹介していきたいと思います。
【写真3】「第70回帝国議会 貴族院議員議席表」(昭和11年12月24日印刷)縦55.3cm、横78cm
※上の写真は議席表のうち、「水無瀬忠政」の議席箇所を拡大したもの。